Album:Donny Hathaway Live
Song :You've Got A Friend
食についても言えることですが、音楽の趣向も年を取るにつれて、変わってくるようです。若かりし頃は、Liveアルバムというのがどうも好きになれませんでした。スタジオ録音の方が、Liveよりアレンジなどや演奏がより練られており、曲の完成度が高いと思っていました。そんな偏見を一変させたのが、Donny Hathawayのアルバム「Donny Hathaway Live」でした。このアルバムに出会うことがなかったらLiveアルバムの素晴らしさを実感することがなかったかもしれません。そんなわけで、今回は「Liveという音楽」についてのお話です。
1960年末のアメリカでは、ベトナム戦争への反戦運動と共に、黒人たちの人種差別の撤廃を求める、公民権運動が盛り上がっていました。しかし、70年になって、多くの若者が目指した、根本的な社会変革は、現実のものとはならず、キング牧師やケネディー大統領の暗殺が示すように、時代は決して明るい方向には向かっていきませんでした。しかし、少しずつではありますが、黒人達に対する、公共の場所や乗り物での差別、高学歴の学校への入学、職場での待遇は改善されるようになってきました。そんな中、有名なゴスペル・シンガーを祖母にもち、名門のハワード大学でクラシックなど音楽を学び、主席で卒業した黒人中産階級出のエリートであったダニー・ハサウェイは時代の舞台に登場しました。
1969年、メジャーレーベルである名門アトランティックから新しい黒人世代のシンボル的存在として、鳴り物入りでデビューします。クラッシクやジャズなどの音楽的な素養のある彼の音楽には、洗練されたコードの響きと、白人の曲も自分ものとして消化し、人種の垣根にとらわれない、その歌詞とメロディーのもつ普遍的な音楽性を主張していく、それまでのブラック・ミュージンクにはない知的なセンスがありました。今回取り上げたジェイムス・テイラーで有名になったキャロル・キングの70年代の代表曲でもある”You've Got A Friend(君の友達)”やジョン・レノンの”Jealous Guy”、レオン・ラッセルの”A Song For You"などの白人の曲を自ら進んで、レパトリーに加えることは、それまでのソウル・シンガーにはまずあり得ないことでした。彼や、後にタッグを組むことになるロバータ・フラックやモータウンで新しいサウンドを作っていたマーヴィン・ゲイやカーティス・メイフィールドなどの革新的なブラック・ミュージンクは後に「ニューソウル」と呼ばれるようになります。
ただ単に、”Soul”に新しい解釈を持ち込んだだけではなく、彼の書くオリジナル曲例えば"Ghetto","Little Ghetto Boy"や最高傑作である(と個人的に思っています)””Someday we'll all be free”(いつか自由に)などには、黒人社会が抱えている問題も取りあげつつ、憎悪や、暴力によって勝ち得た権利ではなく、社会的にも経済的にも自立し、生きていく強さが必要なんだというメッセージがあると思います。ちょうどそれは、キング牧師の有名な演説「I have a dream」(私には夢がある)と共通する力強さでもあります。
そして、1972年に一枚のLiveアルバムがリリースされます。「Donny Hathaway Live」おそらく100人も満たないホールでのLive。ほとんどの聴衆は黒人だったのでしょう。マーヴィン・ゲイの”What's Going On"でそのアルバムは幕が開きます。まず、エレピの軽やかなドライブ感、バンド全体のグルーブに耳がうばわれますが、よく聞くとすでに、聴衆の熱気がびしびしと伝わってきます。バックを支えるのはG:Cornell Dupree/Mike Howard、B:Willie Weeks、Ds:Fred White、Perc:Earl Derpuenの強者達。10分を越える”The Ghetto"や”Voice Inside(Everything is Everythig)"ではそれぞれのパートのいぶし銀的な名演に圧倒されますが、なんといっても「Liveの音楽」の神髄を教えてくれたのが”You've Got A Friend”(君の友達)でした。
イントロから悲鳴にもにた女性の絶叫から、すでにこの曲が、白人の作った曲としてではなくDanny Hathawayという人の中で、咀嚼され、彼の曲として歌われ、聴衆に支持されていたということが伺えます。歌詞の意味を噛みしめるように聴衆へ投げかけると、それに答えるように、会場全体が歌い、大きな輪になっていきます。歌を投げかけ、それに心が共鳴し、答え、そしてまた表現者としての新たな意欲をかき立てる。”コール&レスポンス”と一言で表現することは簡単ですが、そこには、言葉では表現できない深い共感と連帯。もっというなら魂の繋がりみたいなもの感じます。思えばLiveの演奏とは「一期一会」ということ。毎回の演奏で、放たれた音には決して同じ響きはありません。我々アマチュアでさえ、あの時の演奏は2度とできないかもしれないと思う時があります。それは、その場にいる聴衆も含めてひとつの音楽であるということなんだと、このアルバムは私に教えてくれました。「あなたがいままで聞いたLiveアルバムの中で名盤は?」との質問にこのアルバムを挙げる人は多いようです。その所以は、きっとそんなところにあるような気がします。
新たな時代の寵児として期待されていたダニーでしたが、1979年宿泊してホテルの15階から飛び降り、わずか34年の短い生涯を閉じます。極度の鬱病が原因だとも言われていますが、彼の本当の苦悩が何だったのかは、永遠に知らされることはありませんでした。
70年代の半ばになると、黒人社会における中産階級の社会進出が顕著となり富裕層と低所得者層の2極化が進むことになります。皮肉なことに音楽の世界でもディスコ・サウンドやブラック・コンテンポラリーと呼ばれる白人向けポップスと黒人社会の中で受け入れられることを目指す、より黒っぽいサウンド「ファンク」へと別れていきました。
白人黒人両方の聴衆に受け入れられる彼のような音楽の居場所は、ラジオにもビルボードのヒット・チャートにも存在しなくなっていました。もはや、時代は彼の存在自体を、否定するようになっていた。という見方もあるようです。
彼の死後、新たなLive音源が発見され、1980年にアルバム「 In Performance」としてリリースされました。「Donny Hathaway Live」にも引けを取らないクオリティをもった素晴らしいLiveアルバムです。そして昨年、彼の残した音源のほとんどを網羅した「Someday Well All Be Free」という4枚組のBox(デジタルリマスターされていますので格段に音もよくなっています。)がなんとフランスから発売されました。もしよければ体験してみて下さい。彼と聴衆との「魂のキャッチ・ボール」を・・・。
("You've Got A Friend" by Donny Hathaway )
(”Someday we'll all be free”byDonny Hathaway アルバム「愛と自由を求めて」より、オリジナル曲の傑作)
(”For All We Know” by Donny Hathaway,アルバム「Roberta Flack & Donny Hathaway」から、その素晴らしさに言葉を失います)
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