Album:Pussy Cats
Song:Many River To Cross
12月8日はジョン・レノンの命日だそうです。今年は30周年目にあたるそうで世界各国で追悼コンサートやイベントが催されているようですね。えぬえいちけーのニュースなんかでも盛んに取りあげられていました。「ジョンの魂を歌い継ぐ」とか「ジョンの願いを世界に」とか、そこまで神格化されると「なんか違うんじゃないかな」と思ったりします。そんなこと考えつつ、ふと、思いだしたのがこのアルバム。
今回はそんなお話をひとつ・・・・。
1970年にビートルズ脱退を表明したジョンはソロアルバム「ジョンの魂」1971年に「イマジン」をそして、シングル「ハッピー・クリスマス(戦争は終わった)」などのメッセージソングを相次いでリリースすると同時に、ヨーコと共に泥沼化するベトナム戦争へのアメリカ政府の介入を、公然と批判するようになります。この影響力を恐れた政府は、72年3月には、68年の麻薬不法所持の有罪判決を理由にジョンに対して国外退去を命じます。逆にジョンはFBIによる盗聴や二人の行動の監視などを理由に政府と、居住権をめぐりこのあと4年も裁判で争うことになります。1973年3月にはふたたびアメリカ移民局から国外退去の命令。この時期、居住権をめぐるアメリカ政府との闘争などが原因で精神的ダメージを受けたジョンはヨーコとの仲も次第にギクシャクしていき、ついに1973年10月別居することになります。二人の結婚生活にとって最初で最後の危機だったそうです。
ジョンはヨーコの秘書だった中国系のメイ・パンを同行し、ロサンジェルスへ移り住むことになりますが(ヨーコがメイ・パンに同行を依頼したとも言われています。)ハリー・ニルソンやリンゴ・スターらと毎晩飲み歩き、暴力事件を起こすなど、すさんだ生活をおくります。出入り禁止になった店もあったとか。
1973年10月からヨーコとニューヨークで復縁する翌1974年の11月までの、このロサンジェルス時代をビリー・ワイルダーが監督した、すさみきったアルコール依存症作家を主人公にした映画の題名に擬えてジョン自身が「失われた週末」と命名しています。(ちょっとカッコ良すぎでしょう・・。)
メイ・パンは一緒に過ごしたこの「失われた週末」時期のことを、後に一冊の本にしていますが、前妻シンシアとの間に生まれたジュリアンと再会したり、ビートルズの元メンバーとも交流したりして、ほんとうにジョンにとって最悪の時期だったのかは、甚だ疑問です。独身時代に戻ったように、羽を伸ばせたのではないか、なんて思ったりします。また、この時期にはフィル・スペクターとともにアルバム「Rock'n'Roll」の制作に取りかかっていますが、ヨーコとの別居で荒れていたジョンと、ロニー・スペクターとの離婚問題で神経衰弱だったスペクターは、事あるごとにぶつかり合い、レコーディングは順調には進まず、真偽のほどはさだかではありませんが、あまりのジョンの傍若無人な振る舞いにキレたスペクターが、スタジオのトイレで発砲事件を起こしたなんて話も残っています。結局この時期のレコーディングはマスター・テープとともに行方不明となります。(後にフィル・スペクターからこのマスター・テープを取り返しますが。)嬉々として進まない レーコディングの間に作られたのが、タイトルを呼ぶのも憚れるこのアルバムでした。ジョンが全面的にプロデュースしていますが、あの澄み切ったニルソンの歌声は、アルコールによって聞くも無残なしゃがれ声になっているため、このアルバムはあまり評価されたことがありませんが、このジミークリフ作の”Many River To Cross”は数あるカヴァーの中でも、一二を争うぐらいの出来だと個人的には思います。その叫びは歌詞と相俟ってダイレクトに心に響きます。まるで、ジョンのその頃の心境を代弁しているかのようです。
越えるべき幾多の河
私には往くべき道がわからない
途方に暮れ
ドーヴァーの白い崖をあてもなく彷徨う
越えるべき幾多の河
わずかな意志だけで、生きながらえている
幾多の歳月を荒波が私を洗い続けてきた
私はただプライドだけで生き残ってきた
この孤独は私を離れようとしない
一人の力でやって行くのはこんなにも難しい
女は私から去った その理由を告げずに
私は努力しなければならないのだと思う
越えるべき幾多の河
だが始まりの場所は何処だ
私はただ無為に時を過ごしている
かつて私には暗い牢獄に繋がれたままの
時代があっただめだ、だめだ
一生こんなことでは
越えるべき幾多の河
私には往くべき道がわからない
途方に暮れ
ドーヴァーの白い崖をあてもなく彷徨う
ストリングスのエコーなどは、スペクターの影響でしょうか、後の”マインド・ゲーム”のサウンドにも通じるものがあります。ちなみにDr:Jim Kelter,Ringo Starr,G:Danny Kootch(Jame Taylorの相棒),Jesse Ed Davis(伝説のインディアン系のギタリス),Bass:Klaus Voorman(ビートルズと縁の深いベーシストでリボルバーのジャケットを手がけた画家としても有名)Piano:Kenneth Ascher(ポール・ウィリアムズの共作者として数々の名曲あり→素晴らしい虹~Kenny Loggins参照)など、ライナーをよくよく眺めるとすごいメンツです。
「失われた週末」はジョン・レノンの人生のなかで、暗闇の時代とされていますが、すべての呪縛から解き放たれた時間でもあったのではないでしょうか。でも、完璧なジョン・レノン像 を求める人にとっては消し去りたい時代でしょうね。この世で神様みたいに崇められてるのを尻目に、今頃、天国でニルソンと二人飲み歩いて、今夜も出入り禁止の店を増やしているなんて想像する方が人間味があっていいと思うのですが・・・・。
(”Many River To Cross”by Harry Nilsson ,Produce By John Lennon)
ニルソンも大好きなんですよー。
返信削除これは味がありますね~!
本当に、天国でも仲良ししているでしょうね~・・・
2011年12月8日の今日は、John Lennonの31回目の命日です。昨年これを書いてもう1年が過ぎました。光陰、矢の如し。月日が経つのは速いですね。
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