Artist:ケニー・ランキン
Song:Haven't We Met
Album:Silver Morning
ケニー・ランキンの音楽はコーヒーの香りがする。初めて聞いたのは今をさること30年ほど前、大学時代だったと思う。一体何処で聞いたのだろう。記憶がさだかではないけど、日曜日の午後、窓から日の光が燦々と降り注ぐ、喫茶店だったような気がする。コーヒーの香りと、暖かい日射し、彼の「ジェントル・ヴォイス」にはそんな場所がよく似合う。
ケニーはニューヨークのハーレムの更に北にあるワシントン・ハイツで生まれた。ヒスパニック系移民が多く住むこの街でラテン音楽や黒人達のコーラスに魅了されコンガを演奏するようになったという。この頃聞いていたラテン音楽は彼のルーツとなっていたように思う。ここまで書いてハタと気づいたのだが、この環境はローラ・ニーロとよく似ている。一見、二人の音楽的な嗜好は違うように聞こえるが、ニューヨークの下町に流れていた音楽を貪欲に吸収している所に同じ根っこがあったような気がしてならない。奇しくも一度だけ後に二人でレコーディングしたことがある。その話はまた後で。
子供時から天使のような歌声と評判だった彼の声は、大人になるにしたがって誰もが認める甘い、ジェントル・ヴォイスへ成長していった。1957年デッカのプロデューサーがその声を認め、以後1960年まで7枚のシングルをリリースしているがヒットには至っていない。この時代はイタロ系ティーン・ポップ歌手として扱われていた。1961年から1963年まではあのテディ・ランダッツォ(リトル・アンソニー&インペリアルズやロイヤレッツなどの名盤を送り出したアレンジャー&プロデューサー)と共に活動。その頃にテディ・ランダッツォのプロデューサーだったドン・コスタ(達郎氏も尊敬する名アレンジャー)からジョアン・ジルベルトのLPを聞かされ大きな影響を受ける。すぐにギターを買い、独学でマスターし弾き語りを始める。
1963年から1966年はCBSレコードと契約シングルを6枚、妻のイヴォンヌとのデュオ名義のシングルを2枚リリースする。この時期にすでに今回取り上げた”Haven't We Met”を一度シングルでリリースしているが、このシングルを30年ずっと探し続けているが未だに入手できないでいる。1964年頃からディオンやジョン・セバスチャンと交流するようになり、彼らの間でフォーク、ジャズ、ボサノバなどをミックスした彼の独自のスタイルが評判となっていった。
1964年にはオリジナル曲”In The Name Of Love”をペギー・リーが、1965年には今回取り上げた”Haven't We Met”をメル・トーメやカーメン・マクレエなどのジャズヴォーカリストが取り上げ、徐々にその名前が知られるようになる。1965年にはボブ・ディランのアルバム「Bringing It All Back Home」にリズム・ギターとして参加。”サブタレニアン・ホームシック・ブルース”や”マギーズ・ファーム”で彼のギターが聞ける。
1967年マーキューリーレコードへ移籍。いよいよアルバムをリリース。
デビュー・アルバム「マインド・ダスターズ」(1967年)
セカンド・アルバム「ファミリー」(1969年)
その中の”Peaceful"は後にジョージ・フェイムやヘレン・レディーがカバーしヒットしている。この時期ドラッグに溺れ、私生活は荒れたこともあったがリハビリで見事克服。心機一転、カリフォルニアへ移り住む。
1972年、新しく設立されたレコードレーベル・リトル・デイヴィッドから
「ライク・ア・シード」をリリースし見事復活する。
そして1974年にはこの「シルバー・モーニング」1975年には「インサイド」1977年には彼の代表作との呼び声も高い「愛の序奏(ケニーランキンアルバム)」をリリースした。
その後のアルバムは以下を参照
After the Roses(邦題:アフター・ザ・ローゼズ)1980年
Hiding in Myself(邦題:ハイディング・イン・マイセルフ)1988年
Because of You(邦題:ビコーズ・オブ・ユー) 1991年
Professional Dreamer 1995年
Here in My Heart(邦題:ヒア・イン・マイ・ハート)1997年
Bottom Line Encore Collection 1999年(ライブ盤)
A Christmas Album 1999年
Haven't We Met? 2001年
A Song For You(邦題:ア・ソング・フォー・ユー)2002年
”Haven't We Met”は独特のスキャットとガットギターのめくるめくコードチェンジが素晴らしい。ケニーのオリジナル曲の中では一番のお気に入り。
そしてなんとYou-tubeを検索していたら、30年来探していたシングルバージョンを発見!(恐るべしYou-tube)
2つのヴァージョンには約10年の時間が流れています。聞き比べてみて下さい。
もう一つの彼の魅力はアドリブ。既製のメロディーラインを消化し、見事に自分の歌にしてしまうこのセンスの良さ。彼にかかるとビートルズの曲もハンク・ウィリアムズの曲もヤング・ラスカルズの”グルーヴィン”だって、彼のオリジナル曲のように聞こえてしまうのです。一度ハマッってしまうと、もう抜け出せません。
コード流れの上で自由に舞うメロディー。これと同じ感性をローラ・ニーロにも感じます。実は1983年に幻となったアルバムがあり、これには二人のデュエット曲”Polonaise"(これはプロモあり)とローラがコーラスを付けた”Love Song"が収録されるはずだったようです。いつかこのアルバムがリリースされることを夢見て、待つことにします。
日本にも何度か来日し、熱狂的な支持者を充分満足させてくれました。そんな彼も2009年の6月7日肺がんのための死去。素晴らしいミュージシャンをまた一人失ってしまいました。
「シルバー・モーニング」と「ケニー・ランキン・アルバム」それに「アフター・ザ・ローゼズ」。3枚の素敵なアルバムでのんびりした日曜日の午後を過ごしてみて下さい。きっと彼が至福の時間を与えてくれると思います。
(”Haven't We Met”from 「Silver Morning」)
("Blackbird"ここまでくるとビートルズ曲にあらず完全にケニーランキン節)
(30年間探し求めていた”Haven't We Met”のシングルバージョン。
歌はちょっとラフだけど、これも味があります。フルートがいい)
(Kenny RankinとLaura Nyroの夢のデュオ”Polonaise”これもYou-tubeで発見
これを投稿した人に唯々感謝です。)
このデュエット、素晴らしいですね!!
返信削除やー、びっくりしましたー!これを発見したMoonlight Surferさんに乾杯!!(^^)Y
これは、デュエット曲の5本の指に入るんじゃないですか?!
なにせ、ローラ・ニーロの入りが素晴らしくいいじゃないですか!本当に美しいですね~(*^^*)
感動して何度も聴きましたよ~(^o^)
トニー・ベネットだって、またデュエットCD出したんですから、是非、これもCDになるといいですね!
はぁ~、それにしても週末…心配でなりません…。
無事、福岡に行けるよう祈っててください(?)
のっぽのサリーさん
返信削除Laura NyroとKenny Rankinをどちらも好きなファン(そんなに多くはないと思いますが)の間では、密かに語り継がれている「最後の砦」的な曲なんです。これをYou-tubeで見つけた時はほんとオドロキでした。世の中にはいるんですね。奇特な方が。作曲はLauraの弟ジャン・ナイグロさん。e-bayでこのプロモシングルが安く売られていると持っているのにもったいなくて、ついつい入札してしまうダメな私です。
そうか、いよいよクライマックス・シリーズ始まるんですね。